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2008.12.14
【覚書】人称代名詞について
先日、人称代名詞について、
”直前の名詞を受けているような気がする”と書いたのですが、
酒井先生のブログで、”直前の名詞ではない時もある”と書かれてありました。
しかも直前の名詞を受けるというのは
中学生でみっちり習ったらしいですが、
私、中1の1学期で挫折し、それ以降は授業は頭に入ってこなかったので
全く覚えていません(笑)。
まあ実はそれは分かっていたのですが、あえて書かなかったのですよ。
だって、直前の名詞を受ける時とそうでない時があると書くと、
”なんやねん、それ! どっちやねん”ってなるでしょう(笑)。
直前の名詞を受けない一例として、
今読んでいる”T. Jefferson Parker, The Blue Hour”の16章の出だしですが、
The sun was low over the hills when they dropped down into Lake Elsinore.
なんですね。
普通だったら”Theyって誰?”となるのでしょうが、
話の流れ上、HessとMerciだとすぐに分かります。
事実すぐ後の文章に2人の名前が出てきます。
こういう例はいくらでもあるのですが、
どうも本を読んでいると、文中で固有名詞を出したりするので
”なんでこんな事をしているのだろう?
わざわざ言わなくても分かっているのになあ”と思っていたのです。
で、たぶん”直前の名詞を受けているのではないか?”と思ったわけです。
でもこれ、よく読むと誤解を招くなあ。
そうではなくて、そのHeの前に出てきた固有名詞ですね。
(書いて説明するのは難しいです)
まあこんな文章を書くのは面倒くさいし、
読む時間がますますなくなるのでもう書きませんが、
さらっと読んで分かったら、ルールなんてどうでもええんやないですかね。
というわけで、そういう議論は酒井先生に任せます(笑)。
”直前の名詞を受けているような気がする”と書いたのですが、
酒井先生のブログで、”直前の名詞ではない時もある”と書かれてありました。
しかも直前の名詞を受けるというのは
中学生でみっちり習ったらしいですが、
私、中1の1学期で挫折し、それ以降は授業は頭に入ってこなかったので
全く覚えていません(笑)。
まあ実はそれは分かっていたのですが、あえて書かなかったのですよ。
だって、直前の名詞を受ける時とそうでない時があると書くと、
”なんやねん、それ! どっちやねん”ってなるでしょう(笑)。
直前の名詞を受けない一例として、
今読んでいる”T. Jefferson Parker, The Blue Hour”の16章の出だしですが、
The sun was low over the hills when they dropped down into Lake Elsinore.
なんですね。
普通だったら”Theyって誰?”となるのでしょうが、
話の流れ上、HessとMerciだとすぐに分かります。
事実すぐ後の文章に2人の名前が出てきます。
こういう例はいくらでもあるのですが、
どうも本を読んでいると、文中で固有名詞を出したりするので
”なんでこんな事をしているのだろう?
わざわざ言わなくても分かっているのになあ”と思っていたのです。
で、たぶん”直前の名詞を受けているのではないか?”と思ったわけです。
でもこれ、よく読むと誤解を招くなあ。
そうではなくて、そのHeの前に出てきた固有名詞ですね。
(書いて説明するのは難しいです)
まあこんな文章を書くのは面倒くさいし、
読む時間がますますなくなるのでもう書きませんが、
さらっと読んで分かったら、ルールなんてどうでもええんやないですかね。
というわけで、そういう議論は酒井先生に任せます(笑)。
間者猫
先生コメントありがとうございます。
今ホットな話題の一人称と三人称。寄り添いや話法の話、実は全然分からんのですよ。
基本的に小説は作者の作り出した主人公や登場人物に想いを語らせるわけですから、三人称が当然だろうと思うのです。読み手としての自分と作者は同じ目線です。
これを一人称で書かれると読み手としては”俺やない!”と思ってしまうわけです。
2人称(日本の作家ですが)で書かれたものを読んだことがあるのですが、すこぶる居心地が悪かったです。
寄り添い和訳にしても、原著を読んだ感覚が人それぞれ異なるので、酒井先生はそう捉えたということでいいのではないでしょうか。
このギャップがあるから多読を始めたわけで、多読で読めるようになった人にはこの議論は不要だと思います。
だから私が原著を読めば、たぶん酒井訳は違うと思うだろうし、結局は作品への共感度の問題ではないのでしょうか?
ちょっと思ったことを書いてみました。
では。
今ホットな話題の一人称と三人称。寄り添いや話法の話、実は全然分からんのですよ。
基本的に小説は作者の作り出した主人公や登場人物に想いを語らせるわけですから、三人称が当然だろうと思うのです。読み手としての自分と作者は同じ目線です。
これを一人称で書かれると読み手としては”俺やない!”と思ってしまうわけです。
2人称(日本の作家ですが)で書かれたものを読んだことがあるのですが、すこぶる居心地が悪かったです。
寄り添い和訳にしても、原著を読んだ感覚が人それぞれ異なるので、酒井先生はそう捉えたということでいいのではないでしょうか。
このギャップがあるから多読を始めたわけで、多読で読めるようになった人にはこの議論は不要だと思います。
だから私が原著を読めば、たぶん酒井訳は違うと思うだろうし、結局は作品への共感度の問題ではないのでしょうか?
ちょっと思ったことを書いてみました。
では。
2008/12/16 Tue 00:06 URL [ Edit ]
クニヒデくん
この例もおもしろいですね。The sun was low over the hills のところはtheyの視点からなんですよね、おそらく。語り手がtheyに乗り移ってるのでは? だからこの前後の文はどれもtheyが主人公で、theyが頭から離れない?
つまりぴたり「一人称と三人称」の話題に通じる!?
ネコさん、どう思われますか?
いや、もちろんそういうめんどくさいことはぼくの担当なので、お返事は強制しません。
つまりぴたり「一人称と三人称」の話題に通じる!?
ネコさん、どう思われますか?
いや、もちろんそういうめんどくさいことはぼくの担当なので、お返事は強制しません。
2008/12/15 Mon 23:23 URL [ Edit ]
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